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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1823号 判決 1968年7月30日

理由

被控訴会社が本件各手形(ただし「共同振出人」なる記載のないもの)を振出し、その受取人である被控訴人豊蔵が拒絶証書作成義務を免除してこれを控訴人に裏書譲渡し、控訴人が現にこれを所持していること及び本件各手形には振出人欄の被控訴会社の記名捺印部分の左側に被控訴人伊地知の署名が存することは当事者間に争いがない。

控訴人は、被控訴人伊地知の右署名は本件各手形の共同振出人としてなされたものであると主張し、被控訴人等は、これを被控訴人伊地知が保証人としてしたものであると主張するので、考えるに、《証拠》を総合すると、次の事実が認められる。

一、被控訴会社は昭和三九年八月末日頃被控訴人豊蔵に本件各手形を交付してこれを他で割引くよう依頼し、同被控訴人はその頃これを控訴人方に持参して、控訴人に対し右の事情を告げて割引方を依頼したところ、控訴人は被控訴会社の代表者である被控訴人伊地知個人が右各手形上に保証することを要求したので、被控訴人豊蔵は本件各手形を被控訴会社に持ち返つて被控訴人伊地知に控訴人の右要求を伝えた。

二、そこで被控訴人伊地知は右各手形の振出人欄の被控訴会社の記名捺印部分の左側に、保証の趣旨で個人としての署名を併記した上、同年九月上旬頃再び被控訴人豊蔵にこれを交付して控訴人方へ持参させた。

三、本件各手形の被控訴人伊地知の署名の上部にある「共同振出人」なる文字は、控訴人が、その後取引銀行である近畿相互銀行に本件各手形の取立委任をした頃、その中(一)の手形については控訴人によつて、(二)及び(三)の各手形については右銀行の係員によつて、それぞれ記入されたものである。

《証拠》中、右認定に副わない部分は、いずれも前掲各証拠に照して信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして右の認定事実によると、被控訴人伊地知は本件各手形に保証人として署名したものと認める外はないので、被控訴人伊地知がその振出人であるとの控訴人の主張は採用できない。

而して、《証拠》によると、控訴人は本件各手形を近畿相互銀行に取立委任裏書をして交付し、同銀行はその中、(一)及び(三)の各手形をその支払期日に、(二)の手形をその支払期日の翌日に、それぞれ支払場所に呈示したが、いずれも支払を拒絶されたことが明らかであるところ、被控訴人等は、本件各手形は割引のために控訴人に譲渡されたものであるのに、控訴人がその割引金を支払わないから、被控訴人等には本件各手形金の支払義務はない旨主張するので、考えるに、《証拠》を総合すると、次の事実が認められる。

一、被控訴人豊蔵は、昭和三九年七月頃被控訴会社からその振出にかかる、(イ)額面金額三五万円、支払期日同年一〇月一〇日、(ロ)額面金額三五万円、支払期日同月一五日、(ハ)額面金額四〇万円、支払期日同月二〇日なる三通の約束手形の割引方を頼まれ、自らこれに「豊蔵幸弘」名義で裏書した上、控訴人に交付してその割引金を受領したが、その割引金は被控訴会社に交付せず自らの用途に費消した。

二、控訴人は、同年八月下旬頃被控訴人豊蔵から本件各手形の割引の依頼を受けた後、近畿相互銀行を通じて調査した結果、被控訴会社の信用状態が悪化していることを知つたので、被控訴人豊蔵が本件各手形に被控訴人伊地知の署名を得て再度これを控訴人方へ持参した際、被控訴人豊蔵に対し前記(イ)ないし(ハ)の各手形の買戻方を強く要求し、被控訴人豊蔵がやむなく本件各手形を右(イ)ないし(ハ)の各手形金の一部弁済にあてることを諒承したので、控訴人は、被控訴会社が本件各手形を振出し被控訴人伊地知がこれに保証した目的が前記の如く割引金を取得するにあることを知りながら、敢て右(イ)ないし(ハ)の各手形金の一部弁済として本件各手形を受領した。

《証拠》中、右認定に副わない部分は、前掲各証拠に照して信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして右の認定事実によると、控訴人は本件各手形を被控訴人豊蔵に対する前記(イ)ないし(ハ)の手形債権の一部の弁済として取得したものであつて、割引のために受領したものではないと認められるから、割引金の授受のないことを理由として本件各手形金の支払義務がないとする被控訴人等の右主張は失当である。

ところで、被控訴会社及び被控訴人伊地知は、更に、仮に本件各手形が控訴人と被控訴人豊蔵との間においては、被控訴人豊蔵の控訴人に対する債務の弁済として授受されたとしても、控訴人は、被控訴会社が割引を依頼して本件手形を被控訴人豊蔵に交付し且つ被控訴人伊地知が被控訴会社に割引を得しめるためにこれに保証した事情を知りつつこれを取得した、いわゆる悪意の所持人であるから、被控訴会社及び被控訴人伊地知に対しては本件各手形金の支払を求めることができない旨主張するので、この点について検討するに、先に認定したところによれば、被控訴会社は他から割引を受ける目的で本件各手形を振出し、被控訴人伊地知は被控訴会社にその目的を遂げさせるために右各手形上に保証したものであつて、控訴人は被控訴人豊蔵を通じてこれらの事情を知悉しており、したがつて控訴人が本件各手形を取得することにより被控訴会社及び被控訴人伊地知を害するに至ることを知つていたに拘らず、敢て被控訴人豊蔵に対する債権の一部の弁済としてこれを受領したものと認められるので、控訴人は手形法一七条但書所定のいわゆる悪意の所持人に該当するところ、割引金は被控訴会社に交付されなかつたのであるから、被控訴会社及び被控訴人伊地知に対しては本件各手形金の支払を求めることができないものというべく、被控訴会社及び被控訴人伊地知の右主張は理由がある。

そうすると、被控訴人豊蔵に対し本件各手形の裏書人として本件各手形金合計九八万円及び右各手形金に対するそれぞれその支払期日の翌日以降その完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める控訴人の請求は正当としてこれを認容すべきであるが、被控訴会社及び被控訴人伊地知に対する各請求はいずれも失当として棄却すべきであつて、原判決中被控訴人豊蔵に対する請求を棄却した部分は不当であるが、その余の部分は正当であるから、本件控訴は、被控訴人豊蔵に関する部分において理由があり、被控訴会社及び被控訴人伊地知に関する部分は理由がないものとしなければならない。

よつて、被控訴会社及び被控訴人伊地知に関する本件控訴を棄却し、原判決中被控訴人豊蔵に関する部分を取消して同被控訴人に対する控訴人の請求を認容し、本件手形判決中同被控訴人に関する部分を取消し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九五条、九六条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

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